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林健太郎(歴史学者)
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 東大紛争のさ中、昭和43年11月4日から12日までの173時間に及ぶ軟禁事件は、あまりに有名。
 学生側の要求も、頑として受け入れなかった。
「むこう(学生側)がやめられなかったのでしょう。私は別に恐怖感もなく過ごしましたよ」
 高度成長下の若者たちの正義闘争を、いとも簡単にしめくくった。
 当時の若者たちにあった焦燥感など、どこ吹く風。安田講堂付近を行き交う学生たちが生まれる以前のこと。
 今や週刊誌やテレビに、堂々とヌードを提供する東大生もいる。
 −−タカ派で鳴らした、と続けようとしたら、突如口を挟んだ。
「何をもってタカ派というのですか! 体制派! じゃあ、社会党とか共産党がハト派なのですか」
 若きマルキストとしてスタートし、東大総長まで登りつめ、参院議員を自民党籍で務め上げた。
「私は矛盾しているとは思いませんよ。まあ今回一党支配が崩れてよかったと思います。権力は腐敗するといいますから……。国会では、政策論争はほとんどなく、政党間の足の引っぼり合いだけでした」
 冷たい秋雨の中、あれから四半世紀がたつ。
 
写真・文 高橋和幸

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