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 卓球王国 編集後記 2009年spacereditor's note of World-TT
2010年 2009年 2008年

09年11月号

■ 勝者だけが英雄とは限らない

今夏、ひとりの選手に目がとまった。
名門・四天王寺高校主将・酒井春香選手。彼女はインターハイ団体戦決勝のラストに出場して敗れた。 酒井は全日本ホープス、カデットのチャンピオンというキャリアの持ち主。 ふだんは全日本チャンピオン平野早矢香の所属するミキハウスで練習に励んでいて、一学年下には石川佳純がいる。
試合会場では少しおとなしめ。もちろん、このことは試合とは関係ないかもしれないが、彼女の試合内容にも派手さは見られない。それは幼い時から彼女がずっと通してきた戦い方だ。 試合中に見せるガッツポーズにしても控えめで、見事なカウンターが相手コートに決まっても、相手に申し訳なさそうな顔をする。自らを鼓舞するために大声を張り上げる選手は多いが、彼女は決してしない。
大嶋雅盛監督は彼女のことを「周りに気を遣いすぎる子なんです」と評する。 酒井は、石川らと比較しても十分に肩を並べられる実力を秘めている。しかし…、と思うのはなぜか。 それは酒井に潜む悲劇性なのかもしれない。
インターハイで青森山田との決勝の下馬評は断然、四天王寺が有利だった。オーダーが発表された時、外野は3対0で四天といきり立った。 トップでエース石川が森薗をストレートで一蹴。二番手の大森も簡単に1ゲームを奪った。青森山田の丹羽はカット打ちが不得手と言われていた。しかし2ゲーム目から戦法を変えた丹羽がゲームオールの末、苦手のカットを打ち砕いた。逆転で丹羽が勝利した時、大岡巌・青森山田高監督は「いける(勝てる)かもしれない」と思ったという。 その後、石川・酒井のダブルスが森薗・松澤組を破り、 4番高橋は青森山田主将の松澤に屈し、いよいよラスト酒井対中国人留学生・秦誌 の対戦となった。 
酒井は第1ゲームをわずか3本で奪われ、もはやこれまでかと思われたが、第2、3ゲームを連取。第4ゲームは秦の距離で戦われゲームオールとなり、8対10とマッチポイントを取られた。そこから頑張ってジュースに持ち込むが11対13で惜しくも敗れた。沸き上がる相手ベンチを背に、酒井は仲間に「ごめんね」と頭を下げた。そして酒井は二日後のシングルス準々決勝でも2ゲーム先取したものの、ゲームオールの末、岡崎(武蔵野)に屈した。ベンチに帰ってきた酒井はベンチコーチの高橋に「どうもありがとうございました」と少しだけ笑顔を見せた。その瞬間、名門・四天王寺主将としての夏は終わった。
酒井の卓球に派手さはないが、なぜか惹かれる。それは彼女に漂うひたむきな逞しさなのかもしれない。監督が評したように、周りに気を遣いすぎるほどの人間性が勝負の一本を奪えない原因かもしれない。しかし酒井には敗者につきまとう暗さはない。いやそれ以上に、周りに与える爽やかさがあるような気がする。
おかげさまで、小誌も今号で150号を数える。これから先も、どんな困難にも打ち勝つ逞しさで、雑誌作りに励んでいきたい。 (発行人 高橋和幸)


09年9月号

■ インターハイの季節 ---青春残像

10年近く前に遡る。ある卓球愛好家の取材をしている時だった。聞いているこちら側までが、胸が熱くなる経験をした。話の内容は以下のようなものだった。
その愛好家は、高校時代、インターハイ出場に向けて、他のことには一切見向きもせず、ただひたすら卓球に励んだ。もちろん、その本人だけではなく、卓球部全員が心をひとつにして頑張った。
しかし、そんな努力もむなしく、残念ながら県代表にはなれず、インターハイ出場の夢は果たせなかった。
ところが、その学校の監督は試合後、生徒たちを前にして、「結果としてインターハイには行けなかったが、君たちがここまで一生懸命頑張ったということは、君たちのこれからの人生において、きっと役に立つ時がくる。ひとつの目標に向かって"あんなに頑張ったんだ" という貴い経験は、君たちの人生の宝だ。私も君たちにお礼を言いたい! 君たちと一緒にこんな素晴らしい経験をすることができた」。そう言うと、監督も生徒も一緒になって、抱き合って涙を流したのだという。
いい話ではないか。私が取材をした当時、主婦になっていたその人は "生きること" に自信を持ったと語っていた。
かくいう私も、貴重な経験を持つ。1年生から3年生までインターハイに出場した。しかも、2、3年では主将としての出場だった。ここまで書くと、華やかな舞台での活躍を想像されそうだが、残念ながらコートに立つことは一度もなかった。主将で補欠。高校最後の舞台は、レギュラーとして戦えなかった悔しさを心に残し、不完全燃焼のまま幕を閉じた。
当時の我が校の監督は、一切、教訓じみたことは言わなかった。"自分の道は自分で切り拓け"ということか。練習も厳しかったが、それ以上に練習場での緊張感を重視していた。「白い歯を見せるな」「やる気がないのだったらやめろ!」多感な高校生にとって、今振り返ってみても、それはとても厳しいものだったと思う。
だが、そんな中から"自分の道は自分で切り拓け"という自主性というものを植え付けられていったような気がする。案の定、社会に出たら、結局、自分ひとりで何事にも立ち向かっていかなければならない。苦境に立った時、強く生きていくためには、たくましさが必要なんだと実感させられた。
インターハイの季節が近づいてくると思い出す……。
いよいよ夏の大会シーズンに突入だ! 
それぞれが、その舞台に立つまではいろいろと苦労を重ねてきたことだろう。厳しい練習に耐え、時には投げ出したくなったこともあっただろう。だが、そんな労苦こそを糧とし、誇りと思い、ひとりでも多くの人に、ぜひこの夏、心に残る経験をしてほしい。
そう、青春の残像を一生の宝物とするために…。 (発行人 高橋和幸)


09年7月号

■ 超天才たちの饗宴

世界で活躍するには、人一倍努力するとかド根性だけでは通用しないことが、世界大会のコートサイドで見ているとよくわかる。
それでは特別な才能あるプレーヤーだけが勝ち残れるのかと言われると、それだけでもないように思う。しかし、日本代表の選手だけ見ても、一般選手から見れば天才たちだ。だからこそ代表に選ばれたのだろう。
準々決勝あたりからコートサイドでカメラを構えていると、それまでとは異なる光景がファインダー越しに目に入ってくる。「ありえない」「信じられない」などの、驚嘆するばかりのプレーが目の前で展開する。
思うに、コートには神がいるのではないか。大げさではなく、そんな気がしてならないのだ。一秒とて、先を予測することは不可能だ。
しかし、この超天才たちはいとも簡単に先を予測し、プレーを続けている。そして神が舞い降りてきた者に、勝利の女神は微笑む。
随分と観念的になって申し訳ないが、そういう言い方でしか、ゲームを語れないのだ。
男女決勝戦はもちろんだが、日本の丹羽孝希対オフチャロフ戦、松平健太対馬琳戦、石川佳純対帖雅娜戦など、現実ではない異空間が、そこに存在していた。
今大会で日増しに力をつけた石川と健太は、最初と最後ではまるで人間が違うぐらい変わっているようにも見えた。
そしてマンチェスター大会の松下浩二・渋谷浩組以来12年ぶりに男子ダブルスで日本に銅メダルをもたらした岸川聖也・水谷隼組の準々決勝のゲームは、まさに神がコートに舞い降りてきたとしか思えなかった。
では、これで次回の世界大会は安心かというと、そうではないところが卓球、いやスポーツの難しさだ。
実力ある福原愛が成績を残せなかったのは、今回が開催国であったからだと思う。もし、外国での開催だったら、彼女はもっと上に進めただろう。日本で福原は、「愛ちゃん」を演じなければならない運命にある。常に感じ良く笑顔で接し、相手を害しない好印象を義務づけられているのだ。卓球の勝負だけに集中できない宿命に翻弄され、自身悶々としていることだろう。紛れもなく彼女は天才だ。日本の卓球界を背負ってここまで引っ張って来たのだから。
しかし今回の石川の活躍で、福原のそうした意味での負担は軽減するだろう。逆に、今後は勝負に集中できる分、彼女自身の実力が問われるに違いない。
ともかく、超天才たちの饗宴は5日に幕を閉じた。しかし脳裏に焼き付いた神懸かりのプレーは、横浜アリーナに足を運んだ者にしか味わうことの出来ない瞬間だった。しばらくは卓球ファンの脳裏に、夢の再現として反芻されるに違いない。
日本の卓球界はこれからが面白い。  (発行人 高橋和幸)
 
   
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