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 卓球王国 編集後記 2007年spacereditor's note of World-TT
2010年 2009年 2008年

07年11月号
■ ふたりのライバル
8月初旬、佐賀市で行われたインターハイで、ふたりの選手にアスリートとしての崇高な姿を見た。女子シングルスで優勝した若宮三紗子選手(尽誠学園)と3位入賞の石垣優香選手(秀光)だ。
ふたりはプライベートでも大の仲良し。そしてお互いが認め合うライバルでもある。6月の「フォルクスワーゲンオープン荻村杯2007」に出場した両選手はいつも行動を共にしていた。
先月号から始まった小誌の「トゥモロースター!」でも、ふたりを同時に取材させてもらった。先月号のインタビューで石垣はこう答えていた。
「練習中にライバルの若宮が頭をよぎって、今頃回り込み飛びつきとかをしてるんじゃないかとか......」。
一方、若宮もインターハイの試合会場に着いた初日、組み合わせを私に見せて「石垣とは決勝で当たりたかったんですが...」と残念そうに語っていた。
ふたりの対決は準決勝で実現した。
石垣は4回戦で市川梓(名経大高蔵)と死闘を演じた。一度は相手にマッチポイントを取られてからの逆転勝ちだった。一進一退のゲームに会場中の注目が集まった。石垣はこの試合でかなりの集中力と体力を消耗していた。
そして準決勝。それまでは石垣に分が悪いと言っていた若宮だったが、フォアへのドライブでチャンスを作り、スマッシュで打ち抜くといった、相手を研究し尽くした完璧な戦術で石垣を圧倒した。
決勝の相手は中国人留学生の徐珍(中村学園女子)。3ゲーム先取されて4ゲーム目6│9からの大逆転。若宮の頭の中をよぎったのは、「石垣に勝ったのにここで負けるわけにはいかない」。
試合後、ふたりは通路で顔を合わせた。
「おめでとう」「ありがとう」と言って笑顔で手を握り合った。爽やかな光景だった。ふたりの固い友情、レベルの高いライバル意識がそうさせたのだろう。
新チャンプ若宮が、地元をはじめ四国の卓球ファンから愛されるもうひとつの要因が?地元っ子?であるということ。毎日実家から電車に乗って通学する。そして「将来は進学とかで香川を出ても、いつかはまた香川(親元)に帰ってきたい」と語る。そんな若宮の素朴なコメントに、忘れかけていた日本の子どもの素直な心根を見たような気がした。
それにしても、今年も中国人留学生問題がおざなりにされている。組み合わせに中国人ばかりを集めたブロックがある。一目瞭然な組み合わせに、不公平さを訴える人も少なくない。そのブロックに入った選手は不幸としか言いようがない。それでも「ガンバレ」と言えるだけの説得力を、これを決めた大人たちは持っているのだろうか。「勝っても勝ってもまた中国人。ほんま嫌になりますわ」と嘆く声を聞いた。ポイントゲッターとしてあえて中国人を迎える学校もある。
なぜ自分たちの力で戦うことの大切さを共有しないのだろうか。 
高校総体が教育の場というのなら、大人たちが子どもたちに胸を張って説得できる姿勢が欲しい。(発行人・高橋和幸)


07年9月号
卓球会場に観客を!
「お客さんがいっぱいいるので頑張れました!(若宮三紗子/尽誠学園高)」 「お客さんの応援がすごいですね。いい試合ができて良かったです(伊藤みどり/筑波大)」。
先月行われたフォルクスワーゲンオープン荻村杯での参加選手たちの感想は概ね同様なものだった。荻村杯は初日から観客の出足が良く、終盤の土日は満員の入り。多くの観客の中での試合は、選手たちも気合いが入るようだ。
話は25年前に遡る。
僕はミュージカルスターを目指す、ひとりの日本人女性の取材にニューヨークのマンハッタンにある「ブロードウェイ」 に来ていた。僕の取材対象の女性は、オフブロードウェイとも言うべき下のクラスの小さな劇場に出演していた。
スターを目指す彼女の日常はとてもストイックなものだった。朝、ジョギングして、昼間はバレエと声楽のレッスン、夕方近くにシアターに向かって舞台に上がる。幕が降りたらその日の反省会。客の入り具合、客の反応、客へのアピール度などが劇場主らから審査される。時にはその場でクビを言い渡される場合もあるという。厳しい注文を出す劇場主に、なぜそんなにシビアなのかを尋ねてみた。
「スターは客が作るものなんだ」
厳しい目を持っている客がたくさんいればいるほど、良いスターが育つのだそうだ。なるほどと納得した。
話は戻って…。かつて日本が世界に「卓球王国」として君臨していた頃、どこの会場も大入り満員だったという。しかし、世界のトップ選手が出ている試合だからといって、必ずしもお客が足を運ぶものではない。以前日本各地で開催されていたスーパーサーキットのように、世界の一流選手が出場していたにもかかわらず、客の入りはさっぱりで客席はまばら。これでは選手の意気も上がらない。
先の荻村杯で、予想以上に客足の良かった要因は、「愛ちゃん」「佳純ちゃん」といった人気選手が出場していることも大きな要素だが、主催者側と地元の大会関係者たちとの双方の努力の賜だと思う。客を呼ぶにはどうしたらいいか、知恵を出し合い、作戦を練って、こちら側から仕掛けている。待つだけでは、客はやって来ないのだ。
先月、所沢で行われた前期日本リーグも、客の入りは上々で会場は大いに盛り上がっていた。だが、前回までは客足はとても悪かった。最終日に準決勝と入れ替え戦を隣り同士で行うという、疑問の残る進行をしていたことからも、客足が悪くなるのは当然だと言わざるを得ない。だが、今回は違った。小誌7月号でも『日本リーグへ行こう!』という特集を組んだが、主催者側の意気込みが、観客動員にもつながったのだと思う。
小誌創刊以来、「卓球会場に観客を!」と訴えてきた。客が入るからこそ人気が出る。マスコミが注目する。その緊張した中だからこそ、スーパープレーが生まれ、選手の力も向上する。小誌も、卓球報道をするだけでなく、観る楽しみを伝える役目が課せられているのだと、あらためて痛感した。 (発行人・高橋和幸)

07年7月号
地道な努力こそ大切
4月に撮影でスイスに3週間ほど行っていた。フランスとの国境にまたがるジュラ山脈の南端・ジュウ渓谷。ここにリズーと呼ばれる森があり、スプールスという、ギターの材料にとって最高の樹木が自生している。世界最高と言われるバイオリンのストラディバリウスも、この地のここの樹から作られた。冬場はマイナス20度にもなる気象条件の中で350年もの間ゆっくりと生き続けたスプールスは、ねじれもなければ節もない。自然保護と乱伐を防ぐために年に一度しか伐採しない。伐採の日に木こりたちは神に感謝し、祈りを捧げ、斧を入れるという。
そんな大切な材料を使ってギターを製作している、ギター職人の取材のために、私は工房を訪れた。職人は自らの感覚を研ぎ澄まし、素材に無用な傷をつけないために日々鍛錬して、高度な技術を身につけていく。一見自由気ままに生きているように見える職人たちが、意外なことを口にした。「5時に終わって酒場にいるようじゃ、たいしたことないね。何度も何度も同じことを繰り返して、初めて自分の技になるんだよ。良い職人になりたいがために夢中になって仕事をして、気が付くと窓の外が白々明るくなっているんだよ。朝日がのぼっていることすら気が付かない時もある。すると体が覚えているというのかな、いつの間にか手が必要なところに動くようになる。無意識にね。それでやっと一人前かな」。
その話を聞いて、ふと、ある光景が脳裏に浮かんだ。かつて元世界チャンピオンの小野誠治さんを撮影した時のことだ。フォアハンドスマッシュを連続写真で紹介しようとする企画だった。私はカメラを固定し、ファインダー内の方眼マットの角に、スタンバイする小野さんの左足を目安に置いた。動作は何度も何度も繰り返された。優に20回は越えた。10回目を数えるぐらいからぼくの目はファインダーに釘付けになった。小野さんの足がファインダーからずれることがなく、ほとんど同じ位置にあるのだ。僕は最初、単なる偶然だろうと高をくくっていた。ところが連続20数回、ピタリと位置が決まって、すべてファインダーの中におさまっていた。撮影が終わって、そのことを問うてみた。「そんなの当たり前じゃないですか。足の位置、腰、目の高さがいつも同じじゃないといいボールは打てないですよ」。小野さんは涼しい顔で答えた。それは厳しいトレーニングに耐えた結果だった。暗幕で遮られた練習場で何度も同じ練習を繰り返したという。世界一流の技を思い知った瞬間だった。
ギターを作ることと、卓球で世界チャンピオンになることは何の関係もないようだが、その時、私の中では両者の姿勢に共通点のようなものを感じた。何事も時間に関係なく、地道に努力していくことが大切なのではないかと、つくづく感じさせられたのである。
忙しい現在の日常の中で、ついつい合理性・効率ばかりを追いがちな自分に喝を入れられた気がした。
読者の皆さんはどうですか?
〈発行人・高橋和幸〉

07年5月号
取材する側の立場
先月号の記事、「私は負けない 藤岡明美」(4月号142ページ〜)について読者から多数の感想が寄せられた。そのほとんどは「勇気づけられた」、「あんなになってまで頑張る姿に感動した」といった好意的なものだが、中には「内容は事実なのか」「美談にしていないか」という声も私の耳に入ってきた。
取材者は取材をする過程において、その記事内容をどんなふうにまとめようかと考え、その「キーワード」となるものを探しながら進める。取材途中で感動した内容などにスポットをあて、さらに進めていく。そして、読者に伝えるためにはどのように書けば良いのか、どのような写真を掲載すればその対象者がクローズアップされるだろうかなど、その伝え方に苦慮するわけである。ある時は、書き手本人の意図しないことを、読者から指摘されたりすることもある。果ては、「公平でない」などと批判されたりもする。
かつて、日本卓球協会・木村専務理事の解任騒動を掲載した時も例外ではない。我々は中立の立場を取り、公平に取材し、その機会を平等に与え、双方の意見を聞こうとした。本誌は木村専務理事のコメントを掲載したが、残念なことに対立側の意見がかえってこなかった。結果、卓球王国は木村専務理事を擁護したということになった。
最近読んだ本の中に興味深いことが書かれていた。著者は私の高校時代の恩師・田村泰先生。著書『大きなかぶと The Big Carrot 』(三交社出版)の中で、Fair(公平)について書かれていた。"アメリカの赤ん坊が最初に憶える言葉はIt's mine.(これ私の)で、次に憶えるのはIt's not fair.(フェアじゃない)だという。だから子どもたちが喧嘩をすると、It's not fair. という英語をやたらと使って相手を攻撃する。″
この本では、常にあらゆる立場から物事を見て考えることが大切だと説いている。まさに報道するうえにおいて、我々が肝に銘ずべきことだと思った。
取材という行為の中で、「言った」「言わない」という事実と真実の問題が生じることがある。取材現場にテープレコーダーを持ち込めば、後にそれを聞いて「ほら言ってるでしょ」「ほら言ってないじゃないか」となるが、すべてがそうはいかないのが現状だ。部分的に取り出して引用すると、本来の意味合いと違ってくることもある。また、実際に口に出していないことでも文字で表現すると、よりリアルに心情を表す場合もある。
再び冒頭の藤岡明美さんの記事だが、「私は負けない」というのは、藤岡さんの口から出た言葉ではない。私が取材していく過程の中で、幾度となく襲いかかる苦難を乗り越える彼女の姿を見て、私の頭に浮かんだ言葉を、私がタイトルとしたのである。藤岡さんの生き様をただ単に美談として掲載したわけではない。
前向きに生きている人の真の姿を伝えたかった。それは我々の役目でもあるように思う。常に公平で、事実に基づく真実を伝えることを心がけねばと、あらためて心に誓った。
〈発行人・高橋和幸〉

07年3月号
おかげさまで10周年。感謝。
思い起こせば卓球王国の誕生は12年前に遡る。当時僕はフリーカメラマンとして「卓球レポート」の写真を担当していた。一方、今野は「TSPトピックス」の編集に携わり、お互いライバル関係として大会会場で顔を会わしていた。 
常々、彼の記事を読んでいて、内容の濃さ、鋭い突っ込みに感心し、その才能の豊かさを買っていた。「彼と組めば写真は生かされる……」。  
ある日、今野に発刊の話を持ちかけた。すぐに今野は反応した。「僕も高橋さんの写真を評価していたんですよ」。話は早かった。とんとん拍子に進んだかに見えたが、スポンサーを説得するのが大変だった。何しろ僕たちには資金がなかった。やはりダメかとトーンダウンしかけた時、「卓球界にはこういう雑誌が必要なんだ、と言ったのは高橋さんじゃないですか。出しましょうよ」今野から深夜流れてきたファックスで奮起した。「ヨーシやろう」。お互い、それぞれの仕事を持続しながら、日本で唯一の書店で売れる卓球雑誌の発刊に向けて発進した。
創刊号の表紙は副編集長の大塚の発案で福原愛ちゃんに。背景は赤。「高橋さんと今野さんの情熱を出したいんですよ」。ついに1号目が本屋さんに並んだ。しかし、ポジティブ思考の僕たちの考えは甘かった。返本の山が編集部を襲った。「なぜ売れないんだろう」みんな悩んだ。それは先月号の編集後記で今野が書いたように配本に問題があったのだった。
発刊してからは、苦労は多いものの、うれしいことも沢山あった。一番は、読者から届くハガキ。「記事が役立ちました」「読んで試合に出て勝ちました。とてもハッピーです」「編集後記が楽しみです」などなど……。これらのハガキは、本当に心の支えになった。
先日、千葉市のポートアリーナで開催された後期日本リーグ会場で、試合の合間に観客に聞いてみた。「卓球王国を知っていますか?」10人ぐらいで来ていた中学生のグループは、すぐさま「知ってます。僕、とってますよ。『2倍強くなる』がいいです」「僕も」、その隣にいたレディーたちも「写真がきれいですね」「私、載ったことがあるんですよ」。20、30人に聞いたところ、ほとんどの人たちが知っていてくれた。その時、とっさに創刊当初のことを思い出した。試合会場で「卓球王国を知っているか」というアンケートをとったことがあるのだ。その時の結果はさんたんたるもので、ほとんどの人が知らなかった。その時、一緒にいた新人編集部員が気落ちしていた僕に「いつか見返してやりましょうよ」と励ましてくれた。
あれから10年近くたって、今度の結果。心からうれしく思う。創刊号は146ページだった。10周年記念号の今号はなんと218ページになった。ページ数と同様に中身も厚くしていかなければならないと、あらためて思う。
夢を見よう。夢というものはかなうものだ。いつか必ず。ドリームカムズトゥルー。11年目に向かってこれからもよろしくお願い致します。
〈発行人・高橋和幸〉


07年1月号
大切なのは人間味
去る11月3〜5日まで神奈川県藤沢市で行われた全日本社会人選手権大会。この大会に全日本女子監督の近藤欽司氏が報道担当としてボランティア参加していた。地元開催ということでもあるのだが、多忙を極める人でありながら、裏方役を務める姿勢には、感心した。
報道席に同席したのを幸いに、ひとつの疑問を投げかけてみた。それは、目の前で繰り広げられている試合の中で、勝負に固執するあまり、マナーの悪さや、スポーツマンとしていかがなものかと感じる場面を何度か目にしていたからだ。
「選手を育てるというのは、どういったことなんでしょうか?」
突然の私の質問にも、近藤監督は怯むことなく即座に答えてくださった。
「それは人間味のある選手を育てるということですよ」。 
話は今夏のインターハイでの出来事に及んだ。それはある有力校のベンチワークについてだった。個人戦でベンチコーチに入った選手に、スタンドから携帯電話で指示をするといったルール違反をおかしている指導者がいたのだ。ルール違反以前に、マナーとして、スポーツマンシップとして許されない行為とは思わなかったのだろうか。ベンチで指示を受けた選手もプレーする選手も両方顔見知りだ。僕を見てなんだかバツが悪そうだった。そこまでして勝って、選手の心の中にしこりが残らなかっただろうか?
『人間の味、言い換えれば人間性です。人間が社会の一員として生きていくうえでとても大切なことです。卓球はスポーツです。勝敗よりも最後に大切になってくるのはその選手の人間性です。卓球を通じて人間性を高め、自分らしさを表現すること。勝ち負けはもちろん重要ですが……』(近藤欽司著「夢に向かいて」卓球王国刊より)と、監督は自著に書いている。
「すなわち人情ですね。感謝の気持ちを持てるようにとか、人を思いやる気持ちとか、他人に力を貸すこととかを指導しないといけないと思います。面倒を見ることができるのは彼女たちの長い人生の中で三年間しかない、その時はわかってくれなくても後々、あの時言われたことは、こういうことだったのだと思い出してくれればいいのですよ」と近藤監督が補足して話してくれた。
だからこそ大切なのは、勝ち負けよりも人間として社会性を教えること。それがすなわち人間味を養うことになるという。話し終えて、心の中がすっきりした思いだった。世の中が冷えている。金を稼いだ人が勝ち組で、日々まじめにこつこつと生活している人を笑っている。金を稼いじゃいけないですか? と開き直ってテレビで発言をする。そして、今、得意満面にしゃべっていた人が裁判で部下に罪を擦りつけている。
もちろん競技をする誰もがチャンピオンになりたくて努力している。その尊い目標に向かって邁進しているのだ。それはわかる、でも、とあえて言いたい。勝つだけがスポーツじゃない。
〈発行人・高橋和幸〉

 
   
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